伊賀有機農産には、いろんな農家が集まっています。
命の環を大切にして畑を育み、食べ物を通して生きることを考え、変えていきたい、という思い以外は、個々が特徴を活かして農を営む緩やかなチームなのです。

いわん農場(松井佳昭・真理子)1984〜

葉もの(ホウレン草、小松菜など)全般、 ピーマン、人参、平飼養鶏 (ポリシー)言葉でなく、自らの体で自らの責任において行為表現することを目指し、「いわん」の名で農場をおこす。(ちょっと一言)草を取ればよい、と百万となえても、1本の草もひけない。自らの体で1本ずつひくこと。自然との付き合いは全て言葉でなく行為、そういう人になりたいなあ。 日本列島の食の自給は、有機農業しかない。山の豊かさ、海の豊かさは、すべてつながっている。1つ汚れれば、全てがダメになる。そのためにも、大地を汚さない有機農業は、安全な食の自給の第一歩となる。


縄文人力農場(和田武雄) 1999〜

古代米・レンコン・ヤマフキ・キクイモ・ハヤトウリ・ミョウガ・クワイ・山野草(三つ葉・セリ・コゴミ・葉ワサビ・ハチクタケノコ)・杜仲茶・他少量多品目
(前歴)大阪の小さな化学企業に40年勤務、57歳で脱サラ。伊賀有機農産の消費者から生産者の立場に。
(理想の農業)石油製品に頼らない農業・自然農法・自家採取種子
(ちょっと一言)目指しているのは、全人類が自立、自律、自給できる社会の実現・百姓はあらゆるものを手作りする職人。人間の目線ではない、あらゆるいのちファースト。


ヨコハタ農場(横畑陽一) 1992〜

ホウレン草・小松菜・春菊・水菜・胡瓜・人参・ ツルムラサキ (前歴)S百貨店 外商部 (理想の農業)作物と会話が出来る目を養いたい (ちょっと一言)物質文明に憤りを感じ、「便利さに未来も捨てる使い捨て」をモットーに、10年かかって脱サラ農業に


月ヶ瀬健康茶園 株式会社

代表者名: 岩田文明 
就農年: 先祖代々の茶園で2001年に就農
主要作目: 有機・自然栽培茶(煎茶・ほうじ茶・紅茶など)、原木栽培椎茸

 当茶園では、奈良・月ヶ瀬の自然環境のリズムのなかで、茶樹本来が持つ自らの生命力で「お茶がお茶らしく育つこと」を意識した有機栽培そして自然栽培のお茶づくりに取組んでいます。
 お茶は原材料がたったひとつの農産加工品であるため、何もない段階から袋に詰めてお届けするまで、一貫した方針と想いを繋げることができる魅力ある産物です。当茶園では、投入資材の選定 ⇒茶園管理 ⇒製茶 ⇒製品在庫 ⇒仕上げ加工 ⇒商品企画販売まで、すべての工程において自らの力で完結できることを大切に考えたお茶づくりに取組んでいます。
 美味しい水を飲むように、スッと体に馴染んでいくような、何杯でも飲みたくなるような美味しさのあるお茶を、お届けさせて頂きたいと考えています。

月ヶ瀬健康茶園HP:http://www.tukicha.com/


木下農場(木下智之・明子/田中和夫・直恵子) 2004〜

レタス・キャベツ・大根・人参・ジャガイモ・ ホウレン草・小松菜・ルッコラ・エンサイ・オクラ・トマト・ナス・豆類・タアサイ・ナバナ (前歴)家業だった紳士服販売から、一生の業は漁業か農業と考え、酒飲みではないので漁業はむり、農業の道へ。縁あって、伊賀のいわん農場に来て、研修2年後、就農。明子は、学生の時、農家実習にて田舎暮らしに憧れて、体力のみでこの道へ。妻方の両親も脱サラして5年前から一緒に働く。 (ちょっと一言)今は子供を持ち、次世代という未来に残せる自然環境、安心なたべものなど、有機栽培の業だけでなく、考えて出来ることを一歩ずつ行動していきたいです。


中農場(中容子)

お米、ルッコラ、ちょうほう菜、ナバナ (理想の農業)動物と花が大好き。でも、へびは苦手。気持ちは若いつもりの○○○。○です。 (ちょっと一言)自然の水と土と空気を大切に考えながら有機農業をしていきたい。そこで育ったものはおいしいです。だから、お米も、野菜も、本来もっている味が出せるように手助けしてあげるのが一番、と思いながらーーー。そして、お米と野菜と会話ができるようになるのが夢です。


西尾産家農園(西尾長彦) 2000〜

米・大豆
(面積規模)米:260a・転作等:80a・米収穫作業受託:250a
(前歴)某自動車会社に20年間勤務。父の病気を期に就農(元々は米農家の長男)。伊賀有機農産には2009年よりお世話になっています
(目指す米づくり)水田での抑草技術向上による収量安定化と「うまい米」
(ちょっと一言)伊賀有機にお世話になって、日々の懸命な皆の頑張りが刺激になっています。
二言目…私の百姓像は、春〜秋は田んぼで米づくり、冬は山行きをして里山の手入れして…。子どもは、父親の背中を見て育つ。今になってそういう思いが強くなって来ています。
三言目…また、田んぼでの抑草をはじめとするいろいろな事を伊賀有機へ来て話したり、実際にやってみませんか。お待ちしております。
ひとり言…22年産大豆、収穫〜選別まで手作業でやってみたら、ま〜大変!選別なんて1時間に1kgしかできないのである!納期ギリギリ、もうちょっと待ってくれ〜!


寿々芽農園(高島寿和・佳世)2001〜

ホウレンソウ・コマツナ・チンゲンサイ・トマト・ピーマン (理想の農業)「続く」こと。自分自身の継続だったり、農業という文化や技術を誰かにつないだりということも含めて。(前歴)寿和:製造業等に7年従事後、1998年2月より三重県上野市(現伊賀市)の天地農場にて有機農業の研修を始める。2000年から1年間、先進有機農家で研修を行う。 佳世:建築設計事務所に9年勤務。在職中の1998年3月、天地農場にて有機農業と出会い、1年間研修。その後、吉備路オーガニックワーク等で農業を学ぶ。 (ちょっと一言)農園の名前は、寿和のオメデタイ寿の字を当て字にしていて、「すずめ」と読みます。 スズメという鳥は人間にとって、作物を荒らす害鳥といわれたり、悪い虫を食べてくれる益鳥といわれたりしますが、我々も地球にとって、果たして善い奴なんだか悪い奴なんだか・・・。畑の作物の周りにはたくさんの生き物が集まってきています。周辺の草や土の中、隠れているものや小さすぎるもの、見えていない生き物はもっといることでしょう。そこら一帯の中で、「系」が出来ているようです。 野菜を集約的に育てるため、土を改造し、肥料を与え、作物の密度を決めた自分たちにこの「系」の責任があるよう感じます。善悪の尺度なんてわからないんだから、都合の悪い奴を全滅させようなんて思わないで、ただ、バランスとること考えていきましょう!


びりたん農場(高木圭太郎・雅子)2007〜(現在休場中)

水菜、小カブ、オクラなど
(ポリシー) 「びりたん」とは、ふるさとで祖父母が使っていた畑の一つの名前です。他の畑の名前より、なぜか心に残っていたため地元野菜パックのニュースに「びりたん」というコーナーを作ったのが始まりです。その後、自分自身をはぐくんだ原点を忘れないために、この名前を掲げるようにしました。なぜ、祖父母が「びりたん」と畑を呼んでいたのか知りません。私の父も叔父、叔母も知りません。いろいろ意味を考えてきたのですが、今はなくてもいいと思うようになりました。畑のことも含めて祖父母から孫の私まで伝承されなかった様々なことがらについての喪失感や受け継ごうとしなかった後悔こそがぼくを今日も駆り立てる原動力です。
(前歴)圭太郎:別海町で酪農実習1年3カ月の後、いわん農場で3年研修。
雅子:農業をやろうとずっと思い続けてきた。
(ちょっと一言)実習先のお父さんが語った「漁師にくらべたら、牛飼いなんて眠ってるようなもんだぁ」、少年の頃から船で荒波へ出て、その後、馬1頭と夫婦で原野を開拓したおっちゃんだから語れる言葉。 農民になりたい。


フウノキ(風の木)農場(山口順・万理子&なかまたち) 2009〜

コカブ・大阪シロナ・レタス・キャベツ・ブロッコリー・キュウリ・なす・玉ねぎ、豌豆等、40品 (前歴)長野で3年研修したあと、伊賀に就農しました 順:農学部林学科卒業後、大手製紙会社に6年勤務。30歳を機に念願の農業界に。 万理子:サラリーマン家庭に育つ。「循環」に興味をもち、大卒後思い切って一人農業の道へ。ちょとつもうしん一生農業! (理想の農業)外から買ってきたものを使わなくても、植物がグングン育つ土・技術を手に入れたい。 (ちょっと一言) 順:僕らの世代が感じていることに「無力感」というのがないでしょうか。それは複雑な社会が知らぬ間に自分を生かし、時には殺している、という現実のためだと思います。僕らは農業を通じ、生かされている自分から自律して生きる自分、更には人を生かせる自分になりたいと切に願い、日々進んでいきたいと思います。 万理子:若者よ、一緒に農業しましょう!太陽の位置を見て時を知る。風を感じて雲の動きを予想する。絶えず変化し続ける自然の中で、共に生きてみませんか?


でぐち農場(出口泰士)2010年3月〜(帰郷中。。)

ズッキーニ、枝豆 (前歴)ソフトウェア開発会社で7年勤務した後、農業で生きていく道を模索して伊賀有機と出会う。 いわん農場にて研修後、2012年より独立。 (理想の農業)今まで住んでいたところには、畑や田んぼなんてありませんでした。 ばあちゃん家は東京なので、田舎らしい田舎で過ごした経験もありません。 ふと過去を振り返ってみれば、これまでまったく自然とふれあうことなく、自然のことを何も知らないまま30才になってました。 自分に必要なものが、農を通して得られるような気がしてなりません。 きっと何かが見つかるはず。 自然の中で、自然とともに、自然を活かす農業がしたいと思っています。 (ちょっと一言)食べられる野草(雑草?)が分かる粋な男になりたい。


長谷川農場(長谷川 照・文江) 2012年4月〜

小カブ・ホーレンソウ・きゅうり (前歴)2011年4月から風の木農場にて、その前から含めますと約2年半の研修期間を経て就農。その前は介護職を10年間しておりましたが、異動で地方ののどかな環境を目の当たりにして田舎生活に憧れを持ったのが農業転身のきっかけです。 (理想の農業)食べて頂ける方にいつも喜んでいただけて、弱者にも健康な作物を作り続けることを目指したい。 (ちょっと一言)小じんまり、5反からのスタートです。コツコツやります。


たすく農園(近藤耕輔・直美)2012年4月〜

レタス、小松菜、ズッキーニ、オクラ
(前歴)耕輔:小さい頃から農業を職にしたく農業法人で五年間の研修を経て伊賀の地に縁あって根をおろすことになりました。
直美:サービス業等に6年勤務。耕輔と出会い、農業に出会う。

(理想の農業)作物を作って売るだけの一方通行の農業ではなく、食べてくれる人の顔が見える農業がしたいです。また、作るだけではなく、作物のこと、育った環境の事、いろいろな事を伝えられる農家になりたいです。

(ちょっと一言)耕輔:生き物大好き。暖かくなる季節が楽しみです。たまには、自然観察に行きたいです。以上よろしくお願いします。
直美:人の笑顔が好きです。安全で美味しい野菜を作って皆さんを笑顔にしたいです。農業初心者ですが頑張ります!


なな草農園(西村 和幸) 2013年12月〜

水菜、トマト、とうがらし、赤玉ねぎ (前歴)2013年3月~木下農場で研修。農の世界へ。その前は電気工事の仕事をしていました。 (理想の農業)無理はしない、楽しく野良しごとをする、こと。自然界の一員であることを忘れずにいたい。 この地で栽培可能な、 様々な野菜づくりに挑戦したい。欲を言えば稲作も。 (ちょっと一言)2013年12月、なな草農園を名乗り就農しました。自然界には不必要なものは存在しない。そこに芽生えた草にも理由が草花とともに元気よく育つ野菜を作っていきたい。


せこ農園(瀬古敏彰・律子) 2018年1月~

ホウレンソウ、チンゲンサイ、ズッキーニ、トマト、ダイコン、アレッタ等
(前歴)(敏彰)青年海外協力隊と森林調査の仕事でアフリカに滞在。木下農場にて2年研修。(律子)介護福祉士から結婚を機に伊賀へ。たすく農園にて1年半研修。
(理想の農業)たとえばニンジンを口にするとき、そのニンジンが咲かすはずだった花とか実らすはずだったタネとか、畑の情景が浮かぶ野菜を届けたい。
(ちょっと一言)(敏彰)生産者いうのは野菜そのものと思ってます。畑はまいにち、草やら鳥やらちっちゃい虫やらケモノやらが、せわしなくしてます。ちかごろ人間は土からはなれてあれこれやってるけど、ほんまは、ほかのいきものとそう変わらんのかなと思います。そういうところで育った野菜を食べてもらえたらうれしいです。(律子)この人と一緒になったことで農家になりました。人生何が起こるかわからないものです。おかげさまで、ひと・いきもの・しぜん・やさい等々から助けてもらう教えてもらう毎日です。


シンガキ農園(新垣玄悟・知子) 2018年7月~

小松菜・水菜・ほうれん草・人参・ジャガイモ・
ビーツ・ピーマン・大葉・モロヘイヤなど
(前歴)玄悟:2013年6月~ いわん農場で5年研修した後独立。その前は青果関係の流通業で働いていました。
知子:愛農高校卒業後、栄養士の仕事を経て農業を学ぶため三重県美杉で農業研修を受ける。
(理想の農業)玄悟:野菜の成長を見守りながら、元気で美味しそうな野菜達に囲まれていたい。
   受け手の方に喜んでもらえる野菜を届けたい。
   食べ物を通して自分や周りの方々が健康でいること。
知子:自分も、周りも健康でしあわせになれる農業。
(ちょっと一言)失敗も活かして、試行錯誤しながら成長していきたいです。